今日中に一冊何かレビューするといっていましたが、もうしわけありません。
一週間ほど、レビューの更新がないかも知れません。
その理由なのですが、MTについてもう少し勉強したい事が出てきました。
その成果に応じて、このブログを少しカスタマイズしてみたいなと思います。
大体一週間をめどにガンバてみます。
終わり次第、またレビューを再開させていただきたいと思います。
すみません。
今日中に一冊何かレビューするといっていましたが、もうしわけありません。
一週間ほど、レビューの更新がないかも知れません。
その理由なのですが、MTについてもう少し勉強したい事が出てきました。
その成果に応じて、このブログを少しカスタマイズしてみたいなと思います。
大体一週間をめどにガンバてみます。
終わり次第、またレビューを再開させていただきたいと思います。
すみません。
最近では、昔から考えると信じられないくらいに取り締まりが厳しくなりました。
そのくせ、あまり治安が良くなっているという実感が得られないのは何故なんでしょうね?
どうもぶっくはっかーです。
一人の人間にとってはただの恐怖の対象でしかなく害悪そのものであるかのような日本のやくざは、社会を階層的にとらえ包括的に全体としての視点からみた時に実はやくざは必要悪であるという文脈で今回の書評を書いています。そうした考え方に嫌悪感を抱く方も当然おられるでしょうが、そういった視点もあるという事を知っていただければ幸いです。
やくざがいなくなっても、日本から犯罪は消え去りません。
むしろ、現在のような中途半端な統治機構にあっては抑止力が働かない状況にあると言えます。
それは何故なんでしょうか。
この間、残業代が加算されてませんでした。せつない。
どうもぶっくはっかーです。
今回レビューするのは、以前茂木さんの「せつなさ」に関する寄稿の乗っていたのと同じ雑誌に掲載されている、劇団ひとり氏のおもう「男のせつなさ」に関する文章。
あれから、切ないに関する語源を調べてみたところ、
切ないの「切」は、心が切れるほどの思いを意味し、「切なる思い」や「切に願う」など、「親身なさま」を表す言葉としても用いられる。
とのことでした。
かなり身体性のたかい言葉であるようです。
身に迫る言葉といった感じでしょうか。
劇団ひとり氏は、自分にとってのせつなさを等身大の文章で、自分の体験談を主軸にして語っています。
最近世界の産業構造のめまぐるしい変化を追いかけることが趣味になってます。
どうも、ぶっくはっかーです。
一昔前では考えられないくらいに、いろいろな情報を手にすることができる昨今ですが、自分からその情報をひろいに行かなければ、その情報が手に入らないのみならず手に入れた人間に大きな差を開けられてしまいます。
別にそれでもいいですが、その代償はやはり自分で引き受けるべきものです。
社会のせいでも、その情報を手にして成功した人のせいでもありません。
相対的に力の及ばなかった自分自身の責任に帰されるべきです。
少なくとも資本主義を是として要る社会の一員として生きているならば。
今回紹介するのは、その手の情報が記された雑誌です。
最近、英語を基礎基本の基本の基本からやり直してます。
ども、ぶっくはっかーです。
最近、本当に英語を使う機会が増えていて、日本も世界に飲まれる時代がやってきたと実感しています。
国民一人ひとりの教育レベルはよくわかりませんが、国全体としての戦力では一応それなりにやばいことになっているのかもしれません。諸外国と比べて。
実のところよくわかりません。よくわかりません。
しかし、最近の学校教育は何のためにどうしてそういう内容の授業をしているのか、生徒も先生も、保護者もそれを指導する要綱を作っている人間でさえも理解していない部分が多いように思います。
もともと、明治時代よりの流れとして日本の公共教育というのは、全体の知的レベルの向上のための場として設けられたものでした。個人の事なんて知ったこっちゃないというのが当初よりのスタンスです。
ドラッカー先生の思想は世間の大学生にスベカラク教えていくべきものではないかと最近思います。
こんちは。ぶっくはっかーです。
きょうのレビューは言わずと知れた「もしドラ」紹介です。
この本は、ドラッカー先生のエッセンシャル版を読了している人にはすっごくいい本だと思います。もちろん読んでいなくても楽しめますが、それだと楽しいだけのエンターテイメントとして消費してしまうのみで、非常にもったいないです。ぜひ、「マネジメント」を読み終わってから、もしドラを読んでみることをお勧めします。
そうえいば近代麻雀で「もしもきりたい牌がドラだったら」みたいなパロディ企画やってましたね。
近代麻雀なんて麻雀打つのが好きな流れ論者とギャグが好きな人くらいしか読まないだろうから結構マニアックな雑誌だとは思うのですが、その中のイチコーナーで取り上げられる程度には、知名度を得ているこの作品。何やら、いろいろなところでメディア拡大の話も耳にしたりします。
なんとNHKでアニメ化することまで決定したとか。
ここまで社会現象になるとは正直思っていませんでした。
なぜかって?
トラックバックもしておくけど、消えた時のために全て引用。
知り合いがかなりの数起業して、かなりの数失敗した。
飲食店からITまで職種は様々だったけれど、ここに来てなんとなく法則性が見えて来たのでメモ。
成功したやつは大体スポンサーを獲得して始めてる。初期資金の多寡がモロに成功率に関わってる上、
誰かを納得させてカネを出させるところから始めてる奴は強い。初期資金5000万越えの奴らの生存率は100%。
②一人でやろうとする奴は潰す。
人材集めに奔走した奴らほど生き残ってる。社長の仕事量が多い会社ほど長く持ってない。
むしろ、仕事を見つけて来てから誰に振るか考えるようないい加減野郎の方が成功している。
③友人の少ないやつは潰す。
これは圧倒的真理。起業をしようなんて奴は大体どこかクセのあるやつが多いけれど、単にクセのあるだけでは失敗してる。
起業に成功した奴らは大体友人から無利子無期限の借金(というよりは出資)を得ることに成功してる。
⑤共同経営は失敗率が極めて高い。
資本は誰か一人が出すかあるいは引っ張るかして、従業員として人を雇う形の方が成功してる。
「ヨメの扶養に入ってた」という奴が結構いる。
ここまでまとめてもあんまり役にたつとは思わないけど、こんな感じだった。これは汎用性のある話だろうか。
結構身に覚えがあることが書いてあるなと思う。
やはり、どんな会社を興すにしろ人間関係がモノを言うらしいことは良くわかる。
っていうか、当たり前ですね。はい。
人間関係をキチンと構築できる人だけが成功しているのは、人間関係をキチンととらえることが何らかの事業を行う上での必要条件になるから。
そういう意味でも、人との関係を築くノウハウはしっかりと学び続ける必要があると感じる増田です。
おれっちが最近せつないなとおもったのは、出先でお腹が減ったから何かを食べようと思った時、財布を忘れていたことに気付いた時です。
せつないというか、ひもじかった。
どうも、ぶっくはっかーです。
今日は、たまたまコンビニでかった雑誌の中の記事の内の一つをレビュー。
脳科学者である茂木健一郎先生が、今回雑誌がテーマとして扱っている「せつなさ」について語っています。
茂木健一郎氏自体は凄く頭の言い方なので、堀江貴文氏と同程度の尊敬はしているのですが、最近メディアが安易に取材して適当な内容というか陳腐な内容の対話文をそのまま乗っけている奴を時々みかけるのでいただけないです。
名前で売るんじゃなくて、中身で売れるだけのモノを持ってるんだからしっかりそっちで勝負して頂きたい。
さて、今回レビューする文章は個人的にはなかなか面白く読めました。
格闘技は、合気道を少々嗜んだことがあります。
でも、合気道は格闘技って言わない気がするなぁ。
こんにちは、ぶっくはっかーです。
今回紹介する本は、『探偵!ナイトスクープ』の構成作家でおなじみ百田尚樹さんの作品。
二人の少年と、その二人の女教師の視点を主にして展開される物語は非常にペースがよいです。
サクサク読める。
このあたりは、さすが構成作家だけあってしっかり工夫してあるなあと思います。
自分が初めて物を売るという行為をしたのは、古本屋に本を売ることでした。
だからどうしたって話ですが。
どーも。ぶっくはっかーです。
最近、急激に寒くなってきてる気がするんだぜ。
まぁ、秋刀魚の美味しい季節デモありますから、秋刀魚大好きなおれっちはこの季節はかなり好きなんですけど。今日の朝ご飯はサンマでした。美味しかったです。
ことしは、マツタケも豊作らしいですね。
マツタケご飯とか食べたいですね。お金ないですけど。
でも、今年は安いらしいので中国産のでも買ってみようかなと思います。
ぶっちゃけると、国産との違いがよくわからないのです。
さて、突然ですけどそんなおれっちに国産のマツタケを売り込みたい人がいるとします。
ご存知の通り、国産のマツタケとそうでないものとは、かなり値段に違いがあります。
味や香りにも違いがあるのかもしれませんが、個人的には違いがわかりません。
そんなおれっちに値段の高いマツタケを買わせるには一体どんな手法を使って売り込めばいいでしょうか?
これがわかる人は、この本を読む必要はあんまりないかと思います。
この本が執筆されたのは2003年ですが、現在でも使える普遍的な内容になっていますから、営業活動をメインにされている方は十分購入して手元に置く価値のある本だと思います。
また、営業以外の人間にとっても、他者に魅力的な人間になるにはどのように自分を管理すればいいかというノウハウの部分は非常に参考になるところだと思いますので、一読の価値はあるでしょう。
麻雀では流れ論者です。
流れってあるよね~とかいいながら、変なところを切ります。意外と放銃しません。
こんちは、ぶっくはっかーです。
こんかい書評を書く本は、麻雀に興味がない人、または麻雀は理詰めでやるべきものだと思っている方にとっては非常につまらないものだと思います。
その本の名前は、[超感性の日々!!牌の音]。
この本は、絶版してしまって今や入手することができないみたいです。
皆さんが買えないものをレビューする意味があるのかなと思いましたが、折角読んだので。
お金にだけ執着する人生は、くだらないと思います。
でもお金は日本で生活するならお金は大切です。
どうも、ぶっくはっかーです。
最近は、いろんな本が出てますけどほとんど購入してませんね。
購入したいなぁ。いい本があれば。タレこみ募集中です。
さて、そうして本を買う為には当然お金がいるのですが、金銭的に豊かになるためにはどういった仕事に付くべきなのか。
これは、今から転職を考えている方や、学生さん何なんかは参考になることかもしれません。
科学って言うのは、知れば知るほど世の中を近似出来て非常に愉快ですね。
こんにちは、ぶっくはっかーです。
みなさん、光っていうとどんな印象ですか?
やっぱり、多くの人にとっての光というのは"可視光線"ですよね。
正直、目に見えない光が存在するよ、なんて言われてもほんとかなぁって感じですよね。
しかし、光の正体は電磁波であるってことは知ってる人も多いと思います。
電磁波というのは、なんだか危ないものだって言う人もいるかもしれません。
じゃぁ光って危ないのって言うと、そんなことは無いですよね。
なぜなのか。それはね・・・。
っていう、疑問に答えるところから始まって、最先端の光の応用技術にまで迫った良著があったので紹介。
それが、こちら。
初めて読んだ、灰谷健次郎先生の作品は「兎の眼」でした。
「♪うすいのまわりにぎんばえきんばえ」等、いろいろな意味でいまでも忘れることができない一説です。
こんにちは、ぶっくはっかーです。
今、純文学作品においては、おれっちの好みは描写力の高いものに向いてます。
例外ありますけど、たいていそういう作家さんの作品の評価が高くなります。おのずと。
そして、灰谷健次郎さんもそういう作家先生であり、彼の作品は同時に行間を読む楽しさがあります。
誰もが体験したことのある気恥かしさ。
おもわずクスリと笑ってしまうようなほほえましい光景。
子の、大人を見つめる視点。
親が子を見つめる視点。
そうしたものを、暖かな文章で丁寧に書きあげた作品が非常に多い作家さんです。
会話表現が多めなので結構読みやすいのもいいとおもいます。
さて、今回は本の内容自体に迫りたいと思います。
が、やっぱり野暮ったいのでやめます。
ご自分で手にとって読まれることをおすすめします。
無粋なおれっちの文章でかの作品を汚すのはどうも気が引けますので。
個人的には、生きている作家さんの本で素晴らしいと思う本であれば新しい本を書店などで購入するんですけれど、お亡くなりになっている方の本は、古本屋でもいいことにしてます。
この本も、ブックオフで105円で購入しました。
正直、本の中身の価値と本についてる値段の価値が全然釣り合っていないので、そういう意味で言えば、こうした本が大量にあるブックオフの105円文庫本コーナーはつくづく宝の山だと思うのです。
学生の皆さんは、ぜひこうした本をてにとって読んでみてほしいのです。
昔何かの本で読んだのですが、幼児は自分の父親が突然空に浮遊しても、それをあるがままに受け入れることができる。一方、キッチンから出てきた母親はその光景を見て絶叫、あるいは気絶する。っていうたとえ話がありました。
これは、今までの常識にとらわれている人間と、そうでない子供たちとの間にある大きな溝を形容したものです。
そして、これらの出来事からもわかるように、大人は今までの経験から子供たちよりも圧倒的に早く論理的に答えを導くことができると同時に、その代償として思想や行動原理が固定観念の影響を子供たちよりもはるかに大きく受けているのだといえると思います。
自分が子供だったら。
純粋に思った子をそのまま述べていたあのころの自分だったら。
そしてそれが今許されるなら。
自分は迷わずそうした行動に出るんだと思います。
そうして、人として少し満たされることで新たなステージに進んでいくエネルギーを得るのでしょう。
灰谷健次郎はいい子を書くことが非常に多いんですよね。
それが、彼の文才によってその心理が詳細まで細やかに語られると、大人の側になってしまっている人間にとっては少々、自分を責められているように感じるときがあります。
また、大人が自分たちの価値観をもって、子供たちにいい子であり続けることを望むなら子供たちは本当に自分たちが得たいものを得ることができずにきっと絶望してしまうんだと思います。
そういう、人間としてもっとも基本的なものの価値が低下している今の資本主義社会に生きる身としては、そういった感性を普段から磨くとともに、子供に対して自身が敏感であるように勤めてやる人としての責務があるように感じます。
あくまで個人的な意見ですが。
ロリータって言う小説があるんだぜ!と親切にも教えてくれた友人がいます。
どうもぶっくはっかーです。
なんというか、文学作品っていうのは読む人によってそれぞれ感じるものが違いますよね。
学術書とかだとやっぱり厳密なことしか書いてないのでみんなおんなじ内容を感じ取るしかないのですけれど、そのあたりの自由度の高さが文芸のいいところだと思います。
今回レビューするのは、灰谷健次郎先生の「燕の駅」という話です。
フラッシュ全盛の時代の事を最近になってふと思い出しました。
ニコニコ動画やyoutubeがはやる前には、そういったコンテンツにずいぶん笑わせてもらった記憶があります。
こんにちは、ぶっくはっかーです。
今回紹介するのは、フラッシュとかで流行った、おバカコンテンツとでも言うべき内容。
レビュー対象は、くだらないものが素直に面白いと思える"中二病"罹患以前の子供たちおよびいつまでたっても子供なおとな達です。
学術的教養は一切得られませんけれど、こういうユーモアを如何に楽しむかも立派な教養だと思います。
こういうくだらないものが、あんがいコミュニケーションツールとしては優秀だったりしますよね。おもしろものっていうのは、嫌いな人はいないと思います。
"生きた英語"って言うのに目がないんですが、これを定義するなら「コミュニケーション上で非常によくつかわれて、意思の疎通に適している英単語および構文表現」ってことになるのかな。
ども、ぶっくはっかーです。
今日のレビューは英語を使うビジネスパーソンの方で、自分の使う英語がどうも相手に100%伝わりきってないなぁっていう印象をもっている方にみてもらいたいですね。
最近、10代で読んどくべき教養書の類があったらおしえてっていうレスがたってましたが、これからの時代はもしかしたらそれらの教養書があんまり役に立たないかもしれないという感じはします。
世の中が変化すれば、それまで通用していた世界の法則がガラリと変わってしまう事って言うのは結構ざらですし。
今日と明日を比べてもそれが見えにくい世の中ではありますが、10年前と今を比べれば世の中は大きく変わっているというのは、自分自身の実感として誰もが抱く感覚のはず。そして、その世の中の大きな変化を前提として書かれていない前時代の教養書の類は、部分的に参考にするべき点は必ずあるにしても、それが今現在役に立つとは限らないのです。
だったら、むしろ古い教養よりも、今の生きた英語を学んで、その英語をツールとして最大限活用するのがよりよい教養を身につけるためにはいいんじゃないかと。
実際問題、今ある情報もどんどん古くなっていくわけですし、それならば、結果を学ぶよりも過程や手段を学んだ方が得るものは大きいとおもいます。
っという、前置きのもとで、今回は生きた英単語を学べる本です。
サブタイトルは"たった60語でうまくいく"です。
少女マンガなんかほとんど読みません。読むのはもっぱら少年ジャンプです。
あんまりコミックの方を購入することは無いんですが。
ほいほ~い。ぶっくはっかーです。
みなさま、ハツコイってどんな感じでしたか?
おれっちの初恋は非常に自分勝手にくだらない終わり方をしました。
まぁ、若気の至りです。
相手の女性は、いまどうしてるのか。
さて、そんな感じで今日のレビューは「君に届け12巻」です。
ネタばれあり。
閲覧注意。