最近では、昔から考えると信じられないくらいに取り締まりが厳しくなりました。
そのくせ、あまり治安が良くなっているという実感が得られないのは何故なんでしょうね?
どうもぶっくはっかーです。
一人の人間にとってはただの恐怖の対象でしかなく害悪そのものであるかのような日本のやくざは、社会を階層的にとらえ包括的に全体としての視点からみた時に実はやくざは必要悪であるという文脈で今回の書評を書いています。そうした考え方に嫌悪感を抱く方も当然おられるでしょうが、そういった視点もあるという事を知っていただければ幸いです。
やくざがいなくなっても、日本から犯罪は消え去りません。
むしろ、現在のような中途半端な統治機構にあっては抑止力が働かない状況にあると言えます。
それは何故なんでしょうか。
そうした内容を、現場を見てきた当人としてある程度ざっくばらんに話してくれているのがこの本です。
ほかにもいろいろなことが書かれています。
- 創価学会とやくざの関係
- 現在のやくざの実態
- そもそもやくざというのはどういう組織なのか
- やくざはどうして必要悪だったのか
やくざといえば、日本では反社会的団体の第一筆頭です。
一般のイメージでは、そういうことになるでしょう。
しかし、元をたどってみればやくざというのはその地域を日本の法律の外側から"スジ"でとりしまっていた団体です。それがいいか悪いことなのか。それは、個人が判断するものではないですが、少なくとも日本というコミュニティーの中においては、そうした組織と独特の社会倫理を共有することが必要となる形で社会が構成されていたという事は否定するべくもありません。
古くは、明治以前からこのような社会体制が確立していたため、やくざをつぶせば当然ほかの部分にきしみが生まれてくる訳です。
たとえば、高度成長期に日本のありとあらゆるところで少年少女の非行が問題になりましたが、昔であれば"ヒトとしての筋"にてらしあわせて「ダメだからダメなんだ。」とそうした人たちがシメていた部分があったと思います。
しかし、やくざが警察等の国家権力によって中途半端に取り締まりがされるようになった今、それらの地域の治安の細部に責任を持つ組織は、現在存在していません。
法律では手が出せないトラブルを解決してくれる存在でもあったやくざがいなくなった今、法律にのっとっていれば、モラルにのっとってふつうはやらないようなことであっても平気でやってしまう人が増えたのではないかというのが、おれっちが肌で感じるところです。
統計的な根拠があるわけではないので何とも言えませんが。
しかし、この本の中にはそれと全く同じことが書かれている部分がありました。それをよんで「やっぱりな」と思った次第です。後藤氏本人もロクな人生を歩んでこられた人間ではありませんが、しかし、かれはヒトの道をたがうようなことはしてこなかった人だと思います。
この本の後半部分では、島田伸介を名指しで批判していたりとなかなか普通の人が言えないところをズバッと歯に衣着せぬ物言いで言及して下さっているところなど胸がすく思いでした。
おれっち個人としては、権力に対して本当に対抗する力を持ちうるのは、昔のやくざみたいな存在だと思っています。もしも、民衆と権力者の二つしか存在しないとすれば、その国の権力者がおかしな行動に出た時にそれを誰が止めるのでしょうか?
社会の教科書によれば、国民にはその力があるという事ですが、具体的に行動を起こす人間が普通の人間の中に何人いるでしょうか?
やっぱり我が身かわいさに動けない人間の方が多いと思います。
権力の監視団体としても、正直必要悪だなあと思います。
明治維新のころの政治家のように、この国に対する責任を常に背負って行動し続ける人が政治家になってくれればよいですが、今の日本には残念ながらそんな政治家はいないと思います。いち宗教団体にすぎない組織が、この国に大きな影響を与えており、またそのことを多くの政治家が黙殺しているこの状況をみると、そう思わずには居られません。
やはり、悔しいですが、後藤氏の言う事は正しいことが多いのです。
その正しさは、法規にのっとった正しさとはまた別の何かです。
それは、マイケルサンデル氏が語っている正義の概念を理解していれば、非常に分かりやすいものです。
まぁ、世間一般に"極悪"の象徴として取り上げられているやくざの世界に身を置いていた人間が、どんな生い立ちの人でどんな考えを持っている人なのかが非常に克明に分かるので、一読をお勧めします。
これまで、暴力団関連の書籍はいっさい読んだことがありませんでしたが、中にはこんな国士もいるんだなぁと思った次第です。
もっとも、やはり後藤氏の遍歴は子供たちに奨励するべきものではないです。
しかし、その生きざまは見習ってもいいのではないでしょうか。
やくざ者が好きな人はもちろん、経済や、政治が好きな方、あるいはチャリティー活動が大好きな人は是非この本を買ってみることをお勧めします。
平凡っていうのは、多分他のヤクザ関連の書籍と比べて、という意味だと思います。
パンピーにとっては、十分刺激のある内容だと思いますよ。