灰谷健次郎はいい子を書くことが非常に多いんですよね。
それが、彼の文才によってその心理が詳細まで細やかに語られると、大人の側になってしまっている人間にとっては少々、自分を責められているように感じるときがあります。
また、大人が自分たちの価値観をもって、子供たちにいい子であり続けることを望むなら子供たちは本当に自分たちが得たいものを得ることができずにきっと絶望してしまうんだと思います。
そういう、人間としてもっとも基本的なものの価値が低下している今の資本主義社会に生きる身としては、そういった感性を普段から磨くとともに、子供に対して自身が敏感であるように勤めてやる人としての責務があるように感じます。
あくまで個人的な意見ですが。

コメントする